50代で子育て専業主夫になった私の日記

50代で初めての長男が誕生し、何もかもが180度変わりました。そんな初めての世界に感じたことを気分転換も兼ねて日々綴っているブログです。

コロナ禍にぴったりな平安時代から七夕に食べる、あの宮中食物を再現してみた

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 一昨日は、滝のような雨の七夕でしたが、息子が熱を出して、それどころではなくなり、旬を逃した記事になってしまったボイジャーです。

 

でも、昔の七夕は、旧暦なので今の暦の約一カ月後になるので、まぁいいかぁと思ってアップしました。

 

七夕に食べるもの?皆さんはだと思いますか?

 

素麺

 

素麺も正解なんですが、平安時代中期の宮中行事の七夕では、素麺は、まだなかったんですよ。

 

ということで、今回は、古式ゆかしき平安時代の宮中に取り入れられた七夕行事で食されたものを再現してみました。

 もう一つの七夕伝説

七夕伝説と言えば、織姫様と彦星様が年に一度、天の川を渡って会うことができる日で、この織姫様が機織りをしてすばらしい反物を織り上げたことにちなみ、技芸上達を織姫様に祈願する行事として知られていると思います。

 

でも、実は、七夕伝説には、もう一つの伝説があるんです。

 

それは、時代はかなり古く、古代中国の伝説上の帝である高辛氏の子どもが、7月7日に亡くなり、その子どもの霊が鬼神となって瘧病(おこり)を流行らせたので、その子どもの好物だった索餅を供え、霊を鎮めたことから、7月7日に、索餅食べる疫病にかからないという風習が広まったそうです。

 

でも、日本では、やはり、織姫・彦星伝説が知名度ダントツですよね。

 

個人的には、鬼神鎮霊の話よりも恋物語のほうが、やっぱり好かれるんだなぁ、まぁそれが普通なのかなと一人思いにふけっていました。

七夕に食べるもの

七夕では、前述のような伝説の如何によらず、七夕の日に織姫様にお供えし、おさがりを食すものが決まっていました。

 

日本で七夕が、宮中行事に取り入れられたのは、平安時代中頃宇多天皇の時代でした。

 

その七夕行事では、技芸の上達を祈願するため、織姫こと棚機津女(たなばたつめ)に、織物の糸に因んで、索餅(さくべえ)といううどんのような食べ物をお供えした後、食しました。

 

ちなみに、七夕は、この棚機を呼びやすくして広まったというのが定説のようです。

 

このように、七夕索餅を食べる風習は、日本では、この技芸上達を祈願することがほとんどでしたが、伝説発祥の地、中国では、疫病にかからないように祈念しながら索餅を食べると言う民間風習も見られました。

 

後に、日本でも民衆の間にこの疫病にかからない祈願を七夕の日に行う風習が伝わったとされています。

七夕に素麺は関係ない?

 皆さんも、昔から七夕の日には、素麺を食べると聞かれたことがある方も多いと思います。

 

実際、一部の素麺を作っている会社の商品パッケージには、‟七夕の日は、素麺が食べられてきました”というような内容が書かれていたり、全国乾麺協同組合連合会では、7月7日素麺の日と言っています。

 

実際の所、材料を見てみると、平安時代中期頃に初めて宮中行事に七夕を加えた宇多天皇の時代の索餅は、延喜式に記載があるように中力粉が六割、米粉が4割に塩水を加えたものでした。

 

一方、平安時代末期から鎌倉時代にかけて禅僧が中国から持ち帰ったとされる素麺は、皆さんもご存じの通り、100%の中力粉に塩水を加えたものでした。

 

さらに製法を見ると、索餅は、粉と塩水をよく混ぜてから蒸して生索餅を作り、これを麺状に成型したものをさっと湯通ししする、若しくは生索餅をごま油で揚げるといった方法に対し、素麺は、粉に塩水を加えながら十分こね、太い長い麺の表面に油をつけながら作り、この太い麺を細く延ばして最終的に干すことで乾麺にする方法でした。

 

このように、材料も製法も異なる索餅と素麺は、別物だと捉えるのが普通だと思います。

 

とは言え、製法に手間がかかり、保存が難しく、切れやすい索餅に比べ製法も比較的簡単で保存に優れ、腰があって切れにくく喉腰が良い素麺は、次第に宮中行事でも多用されて行ったようです。

 

その様子を窺わせるものとして、江戸時代初期に後水尾上皇が著した「後水尾院当時年中行事」の中に、索餅と素麺の両方七夕行事に同時に用いられていたということが書かれています。

 

このように、索餅は、古からの七夕行事に欠かせない食べ物として受け継がれてきたのですが、その実体は、初期の索餅から保存が効いて扱いやすい素麺に置き換わっていったということのようです。

 

行事ごとなので、あくまでお供え物としての名称は、延喜式に記載の通り、索餅ですが、実際用意されるものは、時代によって変えられてきたというのが実情のようですね。

 

ということで、七夕に素麺を食べるという風習も存在していることは確かです。

 

でも、個人的には、ネットで素麺の前身が索餅と書かれているのをたまに見ますが、材料も製法も異なることから、個人的にはそうではないと思いますね。

 

索餅を作って食べてみた!

それでは、今回は、平安時代中期に七夕の宮中行事に食されていた索餅作って食べてみたいと思います!

 

材料は、「縁起大膳式 年料」に基づき以下のようにしました。

 

小麦粉(中力粉) 150g

米粉       68g

塩          7g

水       240ml

打ち粉      少々

 

今回、用意した中力粉と米粉は、イオンで買ってきました。

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まず、小麦粉と米粉をボールに入れてだまがなくなるように混ぜます。

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まざったら、水に塩を加えて沸騰させ、その塩水を粉に加えながら、木べらで混ぜていきます。

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だまができないように丁寧にまぜ、できたら15分ほど寝かします。

結構、トロトロです。

蕎麦やうどんのように手で練ることはできない状態ですね。

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寝かせている間に、蒸し器に水を入れて沸騰させておきます。

生地を15分寝かし終えたら、蒸し器にガーゼを敷いて、生地の半分を入れます。

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生地を入れ終えたら、強火15分程度蒸します

 

15分間蒸した索餅は、色つやがよくなって、こんな感じ。

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見るからにおもちですね。

 

索餅を打ち粉をしたまな板の上に乗せます。

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米粉を索餅の表面に均一につけます。

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そして麺棒で厚さ5mm程度まで生地を延ばします。

生地を延ばす際は、折りたたんではいけません。

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生地を延ばし終えたら、約5mm間隔に生地を切っていきます。

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これで生索餅ができました。

 

これを、熱湯に20秒ほどくぐらせて完成です。

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当時は、醤油を水で加減して麺つゆのようにして食べたようです。

今回は、今回も醤油を薄めて、砂糖を若干加え麺つゆにして食べてみました。

 

味と食感は、塩味がほどよく効いたもちもちの食感がするうどんと言う感じです。

結構、美味しいです。

 

息子にも食べてもらいました。

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病み上がりなので、食べている時も元気がなかったのですが、しっかり完食してくれました。

 

息子の感想は、‟美味しいよ”だそうです。

 

そして続いては、生索餅をごま油で揚げたものを作りました。

 

使ったごま油は、我が家ご用達の京都の山中油さんの玉締めごま油です。

油の圧搾は、昔ながらの玉締めという方法で行っていて、貴重な一番搾り油です。

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生索餅を麦縄のように2本からませたものを揚げることから、麦縄餅とも呼ばれました。

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こんがりきつね色になるまで揚げたら完成です。

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早速、食べてみると、じゃがりこの塩分控えめバージョンのような感じで、いくらでもいけますね。

 

そして、息子もテレビを見ながらポリポリ全部食べていました。

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息子の後ろには、実は、一緒に作った七夕飾りの笹がくくりつけてあるんです。

何故か、自分でここがいいと言って。。。

 

こんな感じの七夕飾りです。

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飾りは少なめですが、ORIHIME ChannelさんのYoutube動画を見ながら、息子と作りました。

ORIHIME Channelさんの折り紙動画は、癒しのオルゴールがいい感じにバックに流れる中、いろいろな折り紙折り方がわかりやすく紹介されています。

 

七夕以外でも、折り紙をちょっとだけやってみたい気分になられた時などお奨めです。

www.youtube.com

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まとめ

七夕伝説には、織姫・彦星伝説の他にちょっと怖い伝説もありました。

 

そして、七夕の日には、古から索餅という塩味が効いた素朴な食べ物が供えられ、学芸上達や疫病にかからないように無病息災を祈りながら、この食べ物を食べるという風習が見られました。

江戸時代からは、七夕行事は広く庶民に広まり、屋根より高い竹に七夕飾りや願い事を書いた短冊をつけて飾り、願いを天に届けようとしたようです。

 

そして、索餅といいつつも食べられていたのは、索麺と呼ばれていた素麺がほとんどだったとか。

 

今回、息子と一緒に、1200年前に平安宮中の都人が七夕の日に、技芸上達、無病息災を祈りながら索餅を食べたように、今の時代に生きる私も家族の無病息災を祈りながら味わいました

※記事全体の史実や索餅の製法については、松本忠久著「めんと和菓子の夜明け 索餅の謎を解く」を参考にさせていただきました。