50代で子育て専業主夫になった私の日記

50代で初めての長男が誕生し、何もかもが180度変わりました。そんな初めての世界に感じたことを気分転換も兼ねて日々綴っているブログです。

うちの子発達障害かも?と思った時にどうする?目からうろこのお話

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出典:いらすとや

 

来月で、息子も5歳になります。

ついこの間までは、よちよち歩きだった息子も、今は幼稚園に元気に通う年中組さんです。

子どもの成長は、本当にあっという間ですね。

 

これまで、特に大きな病気にもかからず毎日元気で、親としては本当にありがたいなぁと思う反面、悩むことはいくつになっても出てきます。

 

きっと、親は子どもがいくつになってもそうなんでしょうね。

 

親になって初めて、自分の親の気持ちが少しわかってきた感じがします。

 

私の場合、それに気づく機会が、だいぶ遅くなってしまいましたが。(笑)

 

最近は、とりあえずは幼稚園で友達もでき、友達どおしの挨拶も自分からできているようで、とりあえずは安心してますが、1年ほど前までは、子どものことで妻も私も真剣に悩んでいました

 

うちの子ちょっと変?

 

その悩みとは、「切り替えが苦手」というところ。

 

朝起きて、着替える、着替えが終わって食事をする、遊びを終わりにしてお風呂に入る等々作業を終了して次の作業にスムーズに移れないことが多々。

 

また、こだわりが結構強く、自分の思い通りにいかないと癇癪を起して、大音量で30分は泣きます。

 

2歳半から基本的に変わっていないこの状況を毎日見ていて、うちの子ちょっと変なんじゃないだろうか?と気になりだしました。

 

息子がツボにはまって癇癪をおこして泣き出したらどの様にすればよいか?ということは一応わかってはいるのですが、心配はどんどん大きくなっていきます。

  

自分の子どもがひょっとしたら発達障害?と悩んだ時にどうする?

 自分の子どもがひょっとしたら発達障害かも? と気になったら皆さんならどのようにされますか?

 

おそらく、ほとんどの方が専門医にみてもらって、自閉スペクトラム症、ADHD等々何かあるのか検査をしてもらって、万が一何かあれば適切なケアを考えると思います。

 様子がおかしい時の流れ

☆自閉スペクトラム症、ADHD、DCDとは?

自閉スペクトラム症とは、厚生労働省によると下記の通りです。

これまで、自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていましたが、2013年のアメリカ精神医学会(APA)の診断基準DSM-5の発表以降、自閉スペクトラム症(ASD;Autism Spectrum Disorder)としてまとめて表現するようになりました。自閉スペクトラム症は多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる生まれつきの脳機能障害で、人口の1%に及んでいるとも言われています。自閉スペクトラム症の人々の状態像は非常に多様であり、信頼できる専門家のアドバイスをもとに状態を正しく理解し、個々のニーズに合った適切な療育・教育的支援につなげていく必要があります。

自閉スペクトラム症とは 自閉スペクトラム症の診断については、DSM-5に記述されており、下記などの条件が満たされたときに診断されます。

1.複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的欠陥があること

2.行動、興味、または活動の限定された反復的な様式が2つ以上あること(情動的、反復的な身体の運動や会話、固執やこだわり、極めて限定され執着する興味、感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さなど)

3.発達早期から1,2の症状が存在していること

4.発達に応じた対人関係や学業的・職業的な機能が障害されていること

5.知的能力障害(知的障害)や全般性発達遅延ではうまく説明されないこと

ADHDとは


ADHDの有病率は報告によって差がありますが、学齢期の小児の3-7%程度と考えられています。ADHDを持つ子どもの脳では、前頭葉や線条体と呼ばれる部位のドーパミンという物質の機能障害が想定され、遺伝的要因も関連していると考えられています。

 

ADHDの診断については、アメリカ精神医学会(APA)のDSM-5(「精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版」)に記述されており、下記などの条件が全て満たされたときにADHDと診断されます。

 

1.「不注意(活動に集中できない・気が散りやすい・物をなくしやすい・順序だてて活動に取り組めないなど)」と「多動-衝動性(じっとしていられない・静かに遊べない・待つことが苦手で他人のじゃまをしてしまうなど)」が同程度の年齢の発達水準に比べてより頻繁に強く認められること

2.症状のいくつかが12歳以前より認められること

3.2つ以上の状況において(家庭、学校、職場、その他の活動中など)障害となっていること

4.発達に応じた対人関係や学業的・職業的な機能が障害されていること

5.その症状が、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中に起こるものではなく、他の精神疾患ではうまく説明されないこと

 引用元:厚生労働省eーヘルスネット
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-005.html

 

 実際、私も息子に何か発達障害があるのかないのか? 心配だったので地元の子育て支援センターや専門医に見てもらいました

 

その目的は、自分の息子が発達障害なのかどうなのか? 自閉スペクトラム症、ADHD等々何かの疾患を持っているのか? といったことをはっきりさせ、万が一該当した場合、息子との接し方について最適な方法を考えるためです。

 

結果は、発達障害との所見はありませんでした。

 

内心、“よかったぁ”とほっとしました。

 

そんな時に、「発達障害の理解と具体的な支援の在り方」~気づきから始まる支援と体制づくり~」というテーマの公立学校の教職員の研修セミナーがありました。

 

このセミナーは、妻が公立小学校の教員なので職場からの必須研修だったのですが、当時私は京都の私立中高に勤務していたということもあり、部外者ですが一緒に参加させてもらいました。

 

講師の先生は、後野先生と言われる教職員、教頭、校長、教育委員会、大学教授等を務められた凄い先生です。

 

特別支援のプロ中のプロです。

 

先生の略歴や現在の職は、ここに書ききれませんので、ご興味のある方は、先生のサイトに載っています。

fumiogono.exblog.jp

 

この講演を聴講させていただいて、“私自身、子どもの発達障害についての考え方が根本的に少し違う方向を向いていたな”と気づかされました。

 

その気づきとは、

発達障害の素地は、大なり小なり多くの方が持っている可能性があり、ただ、それがたまたま良くない条件が重なって顕著に表面化し社会生活が困難になった場合社会的事件になった時に露呈することが多いんだなぁ。

ということ。 

 

今まで、自分の息子が発達障害だったらどうしよう? と凄く心配していたのですが、程度の差はあれ、みんな何らかの発達障害に近い素地を持っているのかも?と考えると、私自身も妻も心当たりがちらほら浮かんできます。

 

要は、社会的事件までいかないまでも、社会生活が困難になる場合は、その人間の“なんか変?”は“あの人、ひょっとしたら発達障害か何か?”と思われ、そうでない場合は、”個性的な人”で片付けられるということなのだなぁと思います。

 

それと同時に、自分の子どもが、ちょっと変かなぁ? と思った時に専門医を受ける場合、受診の目的は、あくまでも診断名の有無を特定することではなく、子どもにどのような寄り添い方が必要か? ということを親としてしっかり把握する必要があるためと改めて思いました。

親自身が我が子にラベルを貼ってはいけない

お子さんを育てておられる方なら誰でもご存知の、国で定めた定期発達健診というものがありますよね。

 

もし、自分の子どもがその検診にちょっとでもひかかったらどのようにされますか?

 

ほとんどの方は、前述のように専門機関で発達相談を受け、必要であれば専門医や臨床心理士などに診てもらうと思います。

 

その時に、親として一つ気をつけなければならないのは、万が一、診断名が出た場合、自分の息子に親自身が“自分の子どもは、発達障害なんだ”というラベルを貼らないということだと思います。

  

子どもの発達検診結果も、早期に障害を検出してラベルを貼ることではなく、あくまで、現状の客観的認識をする機会として存在し、併せてこれからの子どもとのかかわりあい方を最適化する機会であると改めて認識しました。

 

大切なのは、親の認識と子どもとの寄り添い方ですね。

まとめ

今、我が家の息子についての一番の悩みは、おもらし。

 

それも、外出先ではほとんど9割方きちんとトイレでするのに、自宅にいる時だけちびってしまいます。

 

まぁ、トイレにも行ってくれるので、じゃじゃ漏れではないのですが、毎回なので何が原因か全く見当がつかず???

 

本人は、しっこはトイレですることは認識しているので、とりあえず今は何も言わず淡々と毎回手洗いしています。

 

すると、最近はおもらしした自分のパンツとズボンを自分で洗って洗面所に置いています。

 

特に私からは何も言ってないし、なんかなんとなく切ない気持ちになりました。

 

きっと子どもは、親が思っている以上に小さな体で一生懸命いろいろ感じ、彼なりに考えているのでしょうね。

 

親は、子どもにとって最後の砦、子どもがいくつになっても、目先にとらわれず、どっしりと静かに彼を見つめる大海のようにしていなければいけませんね。

 

子の成長は、親の成長だとしみじみ感じます。