50代で子育て専業主夫になった私の日記

50代で初めての長男が誕生し、何もかもが180度変わりました。そんな初めての世界に感じたことを気分転換も兼ねて日々綴っているブログです。

50年かかってわかった、子どもの成長にとって一番大切なこと

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画像出典:写真AC

 早朝に窓を開けると、息が白くなってきました。

 

季節は、すっかり秋らしくなってきましたね。

 

父が亡くなり1週間が経ちました。

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あわただしく、病院の清算、葬儀、納骨まで何とか終え、色々な手続きを行うために区役所に行ったり、司法書士さんにメールをしたり、年金事務所等多くの所に電話をかけ、また、電話がかかってくるのもひっきりなしの毎日です。

 

その合間に、一人暮らしだった父の家の整理をしているのですが、これがまた大変です。

 

父の住んでいる所は、賃貸住宅なので明け渡しをするのですが、何しろ自宅から50km離れている場所なので、平日は、息子の幼稚園の送迎の関係も有り、1日に4時間ちょっとくらいしか整理にしに行くことができません。

 

しかも、部屋は、ヘビースモーカーだったので、まるでパチンコ屋さんの中のようで、父の自宅から必要な書類数枚を持ち帰って、自宅の私の部屋に一晩置いておいておいただけで、もうタバコの臭いが部屋にします。

 

そのような中、父の家では、窓を全開にして整理をぼちぼちすすめていますが、いろいろ出てくるんですね。

電話をかけることのない電話番号の登録

そのような中に、カバンの中から父が使っていた携帯電話がありました。

 

一応、中の記録を見ると、私の妹の電話番号と離婚した私の母の電話番号が登録されていました。

 

父には、私が父と行き来を再開した当初に、妹は両親の離婚以来、医者通いをしているので、‟会いに行ったり、電話はしないほうがいい”と伝えておいたので、電話はしていないようでした。

 

でも、携帯電話の登録に元家族の電話番号がしっかり残っていたんです。

 

きっと、寂しかったのかなぁ?とか‟話だけでもしたかったのかなぁ?”と思いながらさらに整理していると、二度と行くことのない母の自宅の場所が書かれたモ書きの絵が出てきました。

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さらに、こんなしおりも。。。

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また、亡くなる1カ月ほど前までは、自宅の近所のコンビニまで日用品と巻き寿司を買いに出かけていたらしく、ローソンのレシートがテーブルの上に置かれていました。

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生前の父は、胃がんで胃を全摘出してから、転移も見られず予後は良好だったのですが、お酒とたばこがやめられず、入退院の繰り返しでした。

 

最後の一カ月は、病気ではないものの、食事が喉を通ることができないため、体重が四十数キロまで減っていました。

 

そのような体で、コンビニに食べ物を買いに行く父を思うと、なんとも言葉にできません。

 

子どもの成長にとって一番大切なこと

こんな感じで、タバコの臭いがたまらない中、コツコツ整理をしているのですが、ふと、父と私のこれまでの関係を思い起こしていました。

 

なぜ、家族が空中分解したのか?

 

はたして、父だけのせいだったのだろうか?

 

もちろん、私の幼いころから、どちらかというと短気な父が、お酒を飲むと機嫌が悪くなり、家族にぶちまける毎日。

 

果ては、母への暴力。

 

これは、父との関係においてプラスマイナスを考えてもマイナスにおつりがくる事実です。

 

でも、私自身、そのように振る舞う父の気持ちを家族として考えたことがあったのかと問われると、まず、恐怖心と諦めからできなかったという所が本心です。

 

私は、幼い時から、父から褒められたことは、なかったです。

 

高校受験で志望1番目の所に受かった時すら、一緒に受験した友人と嬉しさのあまり長話して帰りが少し遅くなっただけの理由で、父は、‟こんなうれしい時に父の返ってきた時に自宅にいないとは、どうゆうことだ!”とこんこんと酒を呑みながら説教され怒鳴られました。

 

大学受験の時も失敗するごとに、‟いったい何をやってるんだ!”とさげすんだ目で言われる始末でした。

 

私は、いつも父になんとか認めてもらいたいという気持ちで、何でもやってきたつもりだったんですが、このような積み重ねが私と父が決定的に疎遠になった根本原因だと、私が幼い時より50年経って父が亡くなった今、思いました。

 

父に一生懸命やったことを認めてもらいたい私。

 

子どもの努力を認めない結果がすべての父。

 

 考えれば、世間では親に認められたくても、一向に認めてもらえないがために事件を起こしてしまった例や、テレビのドラマでも親子のそのような葛藤が題材になっているものに枚挙のいとまがありませんね。

 

私が最近見ていた、人気の韓国の時代ドラマ「不滅の恋人」も正にそのような要素がメインのストーリーでした。

 

幸いにして、私の母は、父とは反対に、一生懸命やったことについて、結果はともかくとしてよく褒めてくれました

 

今の私があるのは、今は認知症になってしまった母がいたおかげだと感謝しています。

 

まとめ

子どもの成長にとって一番大切なことは、良い結果だけをたたえてインセンティブを与えることではないと思います。

 

それは、どのような些細なことでも、子どもが一生懸命に取り組んだことは、子どもの気持ちになって、言葉をかける。

 

うまくいった時は、一緒に大いに喜び褒めてあげ、うまくいかなかった時は、まずは頑張った姿勢を誉め、クールダウンしたところで、うまく行かなかった所の改善点を少しアドバイスして、次は大丈夫と笑顔で励ます

 

このようなことの繰り返しが、子どもの自己肯定力を育て、失敗した時のレジリエンス力を伸ばすのだと思います。

 

そして、子ども時代に、このように行為の過程をしっかり評価されて育った大人が、結果重視の荒波の中で活躍できる人材になるのではないでしょうか。

 

私は、父との確執の50年の果てに、父の死という出来事を経験し、そのことにやっと気づけたように思います。